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西武池袋本店では何が起こったのか? [2/2]

改装の経緯

よく「なんでこんな改装がいきなり始まったんだろうね」だとか「ヨドバシカメラ入れるなんて西武もわかってないな」などといった言葉を耳にする機会がある。突然始まった大幅減床を伴う改装工事に、消費者が戸惑うのは当たり前である。

売却

なぜ、突然西武池袋本店が大幅減床することになったのか、そもそもなぜヨドバシカメラが西武池袋本店の建物に出店することになったのか。これは、西武池袋本店の不動産(建物)がヨドバシHDの物になったからである。これまでは、そごう・西武が所有する建物で西武池袋本店が営業してきたが、建物はヨドバシHDのものとなった。西武池袋本店は、ヨドバシHD池袋ビルと新たに名付けられた旧西武池袋本店の建物の場所を借りて営業するテナントになった。

これまでも電鉄系の百貨店を中心に、家電量販店やSPAなどが百貨店に入居する例は散見された。同じ池袋にあるもう一つの百貨店である、東武百貨店池袋本店では、ノジマやDAISO、ユニクロが入居している他、過去にはニトリの売り場もあった。今回の事例がこれらの例と本質的に異なるのは、建物全体の所有権が入れ替わったところにある。これにより、ヨドバシは前例がないほどの規模で元百貨店の建物に量販店を出店することを実現する。坪単価が最も高いエリアを中心に建物の半分以上を百貨店が明け渡した前例は存在しない。

なぜ建物を取られたのか

事の発端は、そごう・西武の親会社であった、セブン&アイ・ホールディングスがそごう・西武を売却したことにある。売却先かつ新たな親会社は、アメリカの投資ファンドであるフォートレス・インベストメンド・グループである。フォートレスが買収に伴って立てた再建計画の目玉にあったのが、そごう・西武が保有する店舗不動産の一部をヨドバシHDに売却するというものであった。

セブン&アイ、フォートレス、ヨドバシHDの関係性と取引

元親会社のセブン、売却先であるフォートレス、そしてフォートレスがビジネスパートナーに選んだ、ヨドバシHDが関係者として加わり、登場人物は3者存在する。それぞれの思惑を推察してみる。

セブンは、いわゆる「物言う株主」からの圧力により、不振が続く百貨店事業を担う子会社であるそごう・西武を売却することにした。そもそも、そごう・西武(当時はミレニアムリテイリング)がセブンの子会社になったのは、2005年のことである。コンビニ事業であるセブンイレブンと、総合スーパーであるイトーヨーカ堂の他にも外食産業などを手掛けるセブンに、百貨店であるそごう・西武が加わった時、イトーヨーカ堂と西武・そごうの相乗効果を期待する声は大きかった。もちろん何も起こらなかったわけではないが、結果として目立った成果はなくそごう・西武は売却されることとなった。これにはそごう・西武の百貨店事業そのものの問題も否定できないが、セブンの事情にそごう・西武が振り回されたと言う見方も根強い。

フォートレスはソフトバンクグループが所有する、アメリカの投資会社であり、日本では主に不動産投資を中心としている。企業の再建をおこなう投資会社は、企業を購入し、企業価値を高める施策を行う。スパンが短期的であれ長期的であれ、いずれ企業価値が高まった段階で売りに出したりすることで利益を出す。

フォートレスは長期保有の投資家を自称する。直ちに他社に売却し利益を求める(投資回収を行う)ことはせず、まずはそごう・西武の企業価値を高めることに注力すると明言している。フォートレスは2300億円程度でそごう・西武を買収しているが、すでに建物を含めた不動産をヨドバシHDに計画通り3000億円程度で売却しており、今後はそごう・西武の再建に注力できる。そごう・西武自体を直ちに売却することはないとしても、一定程度の回収を行えたことに再建計画の優秀さが垣間見える。

第3の登場人物であるヨドバシHDは、フォートレスから西武池袋本店の不動産などを3000億円程度で購入した。これにより、ヨドバシHDは、祈願の池袋の地への出店を実現する。前述した通り、同じ池袋東口に位置し、ライバルになりうる業界1位のヤマダ電機や業界2位のビックカメラの旗艦店と比べ、西武池袋本店の建物の立地は駅からのアクセスの面で優れている。

改めて、池袋駅東口の地図を再掲する。これを見ると西武池袋本店の立地のよさがわかるとともに、ライバルのヤマダ電機やビックカメラを念頭に、なぜヨドバシが北・中央ゾーンにこだわったのかが感じ取れる。

ヨドバシHD池袋ビル(旧西武池袋本店建物)とヤマダ電機、ビックカメラの位置関係

ヨドバシHDはその建物を手に入れるとともに、そう遠くない未来にはじまるであろう東口再開発における重要なステークホルダーの一員となることもできた。池袋は秋葉原などにつぐ電気街の一面も持ち合わせる。サブカルチャやポップカルチャ街として近年、急激に存在感を増しているという背景も池袋の価値を高める。「ヨドバシマルチメディア池袋」は秋葉原をも超える旗艦店になるかもしれない。

いちばんの当事者でありながら、登場人物になれなかったのはそごう・西武である。そごう・西武の百貨店事業継続のための要求と主張は最後まで無視された。結局、百貨店事業そのものの存続が脅かされかねない再建計画を持つフォートレスへの売却も実行され、事実、旗艦店である西武池袋本店は大混乱の中で改装中である。子会社とはそういうものなのかもしれないが、親会社が十分な合意形成をせずにことを進めたことを問題視する声も少なくない。

改装の誤解

この一連の騒動の報道を見て、「赤字垂れ流しの百貨店が無くなるのは仕方ない」という趣旨の意見を目にすることがある。実際に改装が行われているのが西武池袋本店であることと結びつけて、西武池袋本店が寂れた過去の商業施設だと断ずるものもあるが、それは誤解である。

すでに見てきた通り、西武池袋本店の売り場面積半減は、3者の利害関係の中で実行されたものであり、単に売り上げが伸びない店舗にテナントを入居させて改善させるとかいった話ではない。

2022年度における全国の百貨店の店舗売上高を見ると、首位の伊勢丹新宿本店、阪急うめだ本店に続いて3位である。なお、そごう・西武は2023年度より売上高を公表していないため、2022年のデータを、WWDJapanから引用する。

順位

店舗名

売上高(億円)

1位

伊勢丹新宿本店

3,276

2位

阪急うめだ本店

2,610

3位

西武池袋本店

1,768

4位

JR名古屋高島屋

1,724

5位

高島屋日本橋店

1,430

6位

三越日本橋本店

1,384

7位

高島屋大阪店

1,319

8位

高島屋横浜店

1,318

9位

松坂屋名古屋店

1,177

10位

あべのハルカス近鉄本店

1,136

首都圏における商業施設の集客力を調査した「首都圏利用商業施設集客力ランキング」の2023年度版では、ルミネ新宿に続いて2位の好成績を残した。なお、2024年度にはすでに改装工事による売り場減床が始まっていたため、改装の影響の少ない前年度2023年度のデータを用いる。

順位

店舗名

エリア

1位

ルミネ新宿

新宿

2位

西武池袋本店

池袋

3位

渋谷ヒカリエ

渋谷

4位

伊勢丹新宿店

新宿

5位

ルミネスト新宿

新宿

6位

GRANSTA東京

東京駅・丸の内

7位

銀座三越

銀座・有楽町・日比谷

8位

池袋サンシャインシティ(アルタ、アルパ)

池袋

9位

東武百貨店池袋店

池袋

10位

そごう横浜店

横浜

運営会社のそごう・西武全体では不振が続くが、西武池袋本店単体で見れば好調店そのものなのである。そんな中、まさに好調な池袋の本店の半分を失い、唐突に改装させられている現状は歯がゆい。

改装後の展望

シナジー

ヨドバシと同じ建物で同居することに関して、フォートレス側はその相乗効果を強調してきた。ヨドバシHDはコロナ禍においても安定した収益を計上していて集客力も大きい。ヨドバシHDの関連店舗と西武池袋本店が同じ建物にあることのメリットは大きいということである。

これまでは百貨店単体で全てのジャンルを満たそうとしてきたが、これからはヨドバシHD池袋ビルで1つの商業施設である。ヨドバシカメラや、同じヨドバシHDで入居が想定される石井スポーツ、南ゾーン9階~12階に入居するロフト、別館の無印良品、三省堂書店など全て合わせて1つである。その中で競合する必要はなく、日常に近い需要は、ヨドバシやロフト、無印などで対応し、非日常の特別な需要には百貨店である西武池袋本店が対応する。

この理論は一見すると、説得力があるが、これにはヨドバシと西武の歩み寄りが不可欠である。現状の報道を見る限り、両者は1つの商業施設を構成しようというよりかは、ヨドバシと西武をどうすれば物理的に同じ建物に収めることができるのかといったことに終始している印象である。西武とヨドバシの境界に壁を建設するだとか、バッファー空間を設けるなどといった話を聞く。店舗環境のレギュレーションに厳しいブランドを多く抱える百貨店ならではの問題である。

一方で、ヨドバシ側の歩み寄りも垣間見える。池袋の店舗では並行輸入品のブランド物を扱わない他、家電量販店のヨドバシカメラも百貨店に寄せた新業態で出店するという報道もあった。地上階の1階への出店エリアを大幅に減らしたことも、歩み寄りの一環だろう。ファッションプレスが、池袋に出店されるヨドバシカメラは、体験を重視したYodobloomだと報じたのも興味深い。白色光ピカピカで派手なポップが乱立するこれまでの量販店を想像している人からすれば、Yodobloomは幾分共存がしやすい業態であるように思えるかもしれない。

こうした情報は、まだ公式に発表されたものではなく報道の域を出ないが、こうした協調路線が検討されているのであれば、シナジーも期待できるかもしれない。

百貨店の大改造

「選択と集中」と「INCLUSION」を掛け合わせた、今回の改装がうまくいくのかも注目される。フォートレスは、今後、同様に好調が続くそごう横浜店をはじめとした、西武・そごう各店舗に同様の改装を行う計画を示唆する。

「選択と集中」はリスクを伴う。過去に売上効率が高いジャンルだけを残した結果、売り上げが上がるどころか悪化したケースもある。百貨店パーソンを中心に、データ・ドリブンで策定したフォートレスの「選択と集中」プランに警戒感を示す意見も多い。

ただ百貨店は長い歴史の中で、時代時代の変化に適応してきた、変化適応型業態である。近年は、情報通信技術と産業の発達という第4次産業革命と呼ばれるほどの変化が社会全体を襲う。当然百貨店の変革もそれに対応するためには大きな変化になるだろう。「INCLUSION」は百貨店の今後の道標となるような成功につながる可能性もないわけではない。

特に西武池袋本店がある池袋駅では、駅を挟んだ反対側の西口で再開発が始まる。東口でも遠くない将来にヨドバシHD池袋ビルを含んだ駅前地区の再開発が行われると思われる。その時に、西武池袋本店がどれだけ存在感を示せるだろうか。西武池袋本店からは、当分目を離せそうもない。

参考文献

[1] 拙稿, 2025
[2] 伊藤元重. 百貨店の進化. 日本経済新聞出版社, 2019, 252p.
[3] 鈴木哲也. セゾン 堤清二が見た未来. 日経BP・日本経済新聞出版, 2024, 412p.
[4] 寺岡泰博. 決断. 講談社, 2024, 333p.
[5] 山田悟. セブン&アイはなぜ池袋西武を売ってしまったのだろう. デパート新聞社(制作)・歴史探訪社(発行), 2024, 255p.