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改装が難航する西武池袋本店の建物はどれほど複雑なのか

改装が進む西武池袋本店の建物

「令和の大改装」が遅れている

ヨドバシと大改装

2025年のグランドオープンを予定している西武池袋本店は、全館の「」改装工事のため通常の売り場のほとんどが閉鎖された状態が続いている。元々の西武池袋本店の建物がヨドバシHDに売却され、西武池袋本店が、新たに「ヨドバシHD池袋ビル」と名付けられた建物の一テナントになるという一連の出来事は西武池袋本店では何が起こったのか?でまとめた。

本館建物の半分程度に、新たにヨドバシカメラなどが入居し、百貨店の売り場は残りの半分程度に減少する計画で、「INCLUSION」をテーマに「選択と集中」を重視したマーシャンダイジングが賛否を呼ぶなど注目を集めている。

そんな西武池袋本店の大改装が「当初予定より遅れている」と報道されたのは2025年の1月末のことである。東洋経済ONLINEは池袋西武の全面改装で危ぶまれる25年夏の開業の中で

事情に詳しいそごう・西武関係者によれば、「実際の改装工事はかなり遅れており、2025年夏のオープンは到底無理だろう。2025年中に完成すればいいくらい」という。

とした。どういうことなのか。

遅れ

遅れが見え始めたのは2024年の9月ごろからである。

そごう・西武が2024年の6月に初めて西武池袋本店の全館改装に関するプレスリリース(6月版)を出した時、オープン予定は「2025年1月から段階的に実施」とされていた。デパ地下や3階コスメを1月に先行オープンさせ、ついで地上1, 2, 4~6階を春頃にオープンさせた上で、残った7, 8階を含めてグランドオープンするのは2025年夏~秋頃としていた。

しかし、発表から3ヶ月後の9月12日に開業時期を修正し、新たなプレスリリース(9月版)を発表した。現在、そごう・西武のウェブサイトから閲覧できるのはこちらのリリースである。ここでは、開業時期を「2025年に段階的に実施予定」とし、2025年の1月から段階的に開業する当初のスケジュールを修正した。実際2025年3月現在に至るまで、改装を経てオープンした階・売り場はない。

改装が始まって以来、通常営業を続けていた1Fのコスメフロア(いわゆるデパコス)が2月28日をもって、一時休業に入った。3月12日に別館や書籍館の2Fに一部のブランドを移転させて、仮営業を始める。なぜこのタイミングで営業休止なのかという違和感を覚えるが、おそらくデパコスの営業休止自体を想定していなかったというのが本当のところだろう。

当初計画では2025年1月に3Fにデパコスの新売り場が開業する予定だった。1Fのデパコスを直接3Fに移転させる予定だったのが、新売り場が開業する前に旧売り場の改装工事を始めなくてはいけなくなり、やむを得ず、場所を確保できた別館・書籍館に仮移転になったのだろう。移転先の書籍館2Fは本来、そごう・西武本社の一角である。ここにも、改装工事の遅れの兆候が見受けられる。

複雑な西武池袋本店の「館」

改装工事の遅れの原因は何であるだろうか。

先述の東洋経済ONLINE池袋西武の全面改装で危ぶまれる25年夏の開業は、

じつは池袋西武は、1940年(昭和15年)に前身となる武蔵野デパートが開業して以来、増床に増床を重ねて今の形となっており、...(略)... 内部はまるで香港の九龍城砦のような複雑怪奇な作りになっている...

とし、改装工事の遅延の原因として西武池袋本店建物の複雑さを挙げている。また、これまでのそごう・西武に馴染みの業者ではなく、ヨドバシHD関連の業者が工事を担っていることも原因として指摘している。建物の構造を理解できていない業者が工事を担うことで、建物の構造の理解に時間がかかり計画通りに進んでいないということらしい。

西武池袋本店の建物が増築に次ぐ増築で今の形に至ったことは有名なことであるが、業者が手こずるほどの複雑さというのはあまり想像できない。残念ながら、建物の詳細な構造・設計は当然ながら、増改築の詳しい履歴が書かれた資料なども一般に入手しづらいものの、社史『セゾンの歴史』(1991, リブロポート)などの一部に西武池袋本店の改築について言及されている箇所がある。

そうした記述をもとに、西武池袋本店の建物の変遷を再現すると、素人目ながら、想像を絶するほどの魔改造を加えた建物である事実が浮かび上がってきた。(なお、あくまでも推測の域を出ない情報であることは付け加えておきたい。)

増改築の歴史

概観

西武池袋本店の歴史を辿れば、1935年に開業した「菊屋デパート」まで遡る。1940年に武蔵野鉄道(現: 西武鉄道)が菊屋デパート池袋分店を買収することで、「武蔵野デパート」を開業した。武蔵野デパートは、菊屋デパートの店舗や施設などをそのまま引き継いでいる。店舗建物は現在の西武池袋本店建物のほぼ中央部分に、木造モルタル2階建で建っていた。

1945年になると、太平洋戦争の戦況悪化に伴う強制疎開指令を受け、建物は強制的に取り壊された。300メートルほど離れた移転先の建物も大空襲で焼失している。終戦後に池袋駅東口改札口前で、テント張りの店舗を設けて営業を再開し、1946年2月には木造2棟を増設しているが、いずれもバラック建築と呼ばれるような仮設のもので、本格的な建物が再建されたのは1949年12月に完成した木造モルタル外装の2階建の建物が初めてである。

さて、ここまでに登場した建物は残っていないが、この後1952年に完成する鉄筋コンクリート造の建物以降は、後に増改築を繰り替えされる形で現在までも見た目を変えながら延命している。店舗の増改築工事は、第I期開店から第IX期開店までの間に7回ほど行われ今の姿になったと考えられている。

終戦~高度成長期

終戦後から高度経済成長期に差し掛かった1956年までに行われた増改築をまとめると、次の表のようになる。

工事期

着工時期

開業時期

工事範囲

第I期

1950年11月

1952年9月

中央ゾーンB1F,1~7F

第II期

1953年初旬

1954年6月

北ゾーンB1F,1~2F&3F

第III期

1954年初旬

1955年末

中央ゾーンB2F, B1F, 1~3F

第IV期

1956年3月

1956年11月

中央・北ゾーン4~7F

これらについて、建築・増築された部分をCADを使って視覚化してみよう。視点は東北の方向から見たものであり、右上の小窓は池袋駅側に視点を置いたものである。地面の地図はあくまでも現在との比較の意味で、現在の道路や周辺施設を表しているが、当然1950年代には道路状況や周辺建物は今とは違っただろう。

第I期

西武百貨店池袋店初めての鉄筋コンクリート造の建物は、それまでの木造2階建店舗の南側に建てられた。地下1階~地上7階建てで、着工は1950年11月、2階までの低層階が1951年12月に先行開業し、全館が開業したのは1952年9月のことである。

第II期

第II期の着工は、第I期開業から1年も経たない1953年初旬である。第I期の開業と売り場面積増大に伴う売り上げ向上を見て、早々に決断したとされている。第II期開業は、1954年6月のことであり、I期と木造モルタル店舗を挟んで反対側に建てられた。

新築部分の階層は、当初の計画は地下1階~地上2階建てであったが、計画を変更したのかあるいは完成後すぐに増築をしたのかは定かではないものの、II期の段階で最終的には地下1階~地上3階建てとなっている。

第III期

第III期工事では、第I期と第II期の間を繋ぐ形で増築がなされた。間にあった木造モルタル外装の建物に変わって建てられたものであり、地下鉄丸ノ内線の工事に伴いI期に連結して建築できなかったII期との間を接続するような形状で建てられた。

着工は1954年の丸の内線開業後であり、地下2階~地上3階建ての建物が完成し開業したのは1955年末である。これによって、全体が3階建て以上になったわけであるが、現在の西武池袋本店と比較すれば、建物の範囲はおよそ北~中央ゾーン付近にとどまり、南ゾーンには到達していない。

第IV期

第IV期工事は、1956年3月着工で1956年11月竣工である。第II期と第III期の上を増築する形の工事であり、これによって全館が第I期と合わせて7階建てとなった。地上7階建ての店舗建物は、西武百貨店を池袋駅のターミナルデパートの主力店舗となるのに十分な大きさ・概観である。

高度成長期以降

高度経済成長期以降から現在の姿が確定した1975年の増改築までをまとめると、次の表のようになる。

工事期

着工時期

開業時期

工事範囲

第V期

不明

不明

(V, VI期で)中央・北ゾーン1~8F(?)

第VI期

第VII期

1962年8月

1964年9月

南ゾーンB3F, B2F, B1F, 1~8F

第VIII期

不明

不明

増築は行われていない(?)

第IX期

1970年5月

1975年9月

南ゾーンB1F, 1~12F

第V,VI期

第V期, 第VI期工事の詳細は残念ながら定かではなく、いつ着工し、いつ完成したのか、どの部分が増築されたのかを明確にするのは難しい。しかしながら、1960年頃に空撮された映像や1963年8月に発生した大規模火災の資料などから、増築範囲は図のように推測できる。すなわち、第I期、第III期の背後の部分である。またこの後、全体的に8階建てになっていることから、この近辺で8階部分が増設されたと考えることが自然である。

第VII期

第VII期工事で初めて、現在のところの南ゾーンが現れる。これまでの建物のさらに南側に、地下3階~地上8階建ての建物を増築する工事で、1962年8月に着工している。地上3階までを1964年6月に先行開業させ、8階までの全館が開業したのは1964年9月である。当初は地下3~2階と地上8階は社用施設となっていたが、地下2階と地上8階は現在までに売り場になり、地下3階はデパ地下のお惣菜などを作る集中厨房となった。

この後、第VIII期に向けた改装工事は、第VII期増築に伴い迷走していたフロアレイアウトやマーシャンダイジングを見直したり、デザインポリシーを導入し全館の売り場を手直したりといった内容が主であり、建物の増築は行われていないと考えられる。

第IX期

第IX期は建物の増築という観点では最後の改装開店であり、IX期を経て概ね現在の形が完成した。ここでは、現在における南ゾーンの残るもう半分を大増築しており、工事範囲は地下1階~地上12階である。9階~12階部分はこれまでの建物から少し飛び出すような形状になっている。

当初は、14階建ての大規模増築の予定であったが、デパートやスーパーの出店に関する利害調整などを行う機関である商業活動調整協議会での審査で反発を受け、若干計画を縮小している。そうはいっても、面積にして既存部分の40%の増床だというからその規模には驚く。着工は1970年5月であり、開業は1975年9月である。

現在に至るまで

第IX期の増築を持って、西武池袋本店の建物は現在の姿になる。地上8階建てで、南ゾーンの一部分のみが12階まである構造は現在に至るまで大きく変わっていない。もちろん、内部の大改装はその後もたびたび行われている。

直近では、2008年~2010年に全館改装を行なっており、再編第I期から第III期に分けて売り場やマーシャンダイジングを見直す他、地下1階コンコースからのアクセス改善のために「光の時計」などのシンボルを備えた新たな入り口などを設けている。また、地下3階に惣菜ショップなど複数のブランドが共有で使用する集中厨房を新設するとともに、長年の懸案だった全館の大規模な耐震化工事などを同時に完了させている。

西武池袋本店は表から見るとまとまった建物に見える。しかし、その実態は複数回の大規模な増築によって構築された建物を、さらに複数回改装した「魔改造の成果物」だったわけだ。建物の構造物としての耐震性などは問題ないだろうが、内部が複雑な構造になっていることは容易に想像できる。

もっとも、この写真を見ると線路を挟んだ向かい側の東武百貨店の方が「つぎはぎ」の重症度が高いように見える。しかし、2043年度の完成を見据えた再開発が決定している西口の東武百貨店に対し、西武池袋本店建物は「ヨドバシHD池袋ビル」として、第2の人生を新たに歩み始めようとしているワケであるから憂慮に耐えない。

遅れるグランドオープン

さて、西武池袋本店の建物が古く、複雑であることはわかったし、1951年に竣工した建物が巨大ターミナルデパートを支えていることになるのだから、その増築の歴史も驚きである。一方で、すでに耐震化工事は2010年までの工事で済んでいることも踏まえると、複雑な建物の構造が、2025年度中の開業さえもが怪しまれるほどに工期を延長する要因になるのだろうかという疑問も湧く。

工期延長の原因として、改装工事を行う業者がこれまで西武池袋本店の改装工事を担ってきた業者からヨドバシカメラ関連の業者に変更になったことも指摘されている。あくまでも邪推の域を出ないが、現存する建物の図面が不十分であり、天井・壁・床などを剥がしてみて実際の構造を確かめる作業が必要となったという説もあった。もちろん真偽の程はわからないが、こうした説を聞くと、8Fの中央・南ゾーンの境目や、B1FのPOPUPストアの背後など、天井などが無惨に剥がされた状態で放置されていたことを思い出す。

1月末で7階デパナナで仮営業をしていた焼き鳥母屋が営業を終了した。仮営業をしていたわけだから当然グランドオープンを待っていたのだと思うが、工期の延長でこれ以上先行きが見えない中で待てなくなったということだろうか。つくづくデパートは立ち止まれない場所なのだと感じた。

果たして工事が終わるまで皆が持ち堪えられるだろうか。